書痙「考」

 

人前で字を書くとき、コーヒーカップにスプーンで砂糖を入れるとき・・・等々、緊張して自分の意志に反して震えてしまうことがあります。これは恥ずかしい大変だ!と慌てて、なんとか治そうとして書痙が定着してしまいます。

 

手の震えの原因として、精神的緊張・身体疲労など生理的起因による「生理的振戦」と、生まれつきの震えやすい体質が起因する「本態性振戦」の、二つが挙げられます。この二つの原因から起こる震えの症状は同じなので、自分が、どちらの原因によるかを判別することは困難です。

 

普通一般の人は震えがでたときは、どちらの原因にせよ、そのまま一時的なものと見過ごしてしまいますが、神経質気質の人は見過ごすことができず、恥ずかしい!大変だ!自分の心が弱いのでは!なんとかせねば!と、計らってしまいます。そうすると、ますます神経がそこに集中することになり、更に緊張が高まり震えを増幅させてしまいます。これを精神交互作用と言います。

 

森田療法では、震えを治そうとせず震えるままに、字は他人に読めれば構わない、と繰り返し指導され、やがて精神交互作用が解除されて治った状態になります。

 

しかしながら、生まれつきの体質からの本態性振戦が起因している場合は、精神交互作用が解除され精神的影響がなくなっても治ることはあません。しかしこの場合も森田療法が適用されるのです。なぜかと言えば、森田学習を進めてゆくにつれ、自分の最大の弱点だと劣等感に陥っていた気持ちが、だんだんと薄れてきて震えながらの書字に慣れてくるのです。

 

言いかえれば、今までは部分的な弱点を絶対視していたのが、震えが残っていても他人と引けを取らずに生きゆける気持ちがでてきて、充実した人生が開けてくるのが実感できるようになります。つまり、森田学習により人生に対する価値観が変わってくるのです。

 

医療技術が進歩してきている現在でも、神経質者の捉われから起こる書痙は、生理的振戦にせよ本態性振戦にせよ、森田療法が最も適していると言えます。

 

最後に森田先生が残されている、書痙に対する心得を紹介します。

 

「自分の手が震え失調することは、それがたとえ病気であれ、何であれ、ともかく現在、自分の持ち前であり、運命であって、これをどうすることもできぬものと思いあきらめ、覚悟する。たとえば、不幸にして盲目になった人や脚が不自由で車椅子の人がそのままあきらめているような態度で、けっしてこれに抵抗したり、これを矯正しょうとすることなく、ただ震えるままに、字は実用に役立ちさえすればよい。人には読みやすく、自分には見覚えさえつけばよいというふうにする。

決して、字を手際よく上手に書くという野心を持たず、活字のように原稿用紙の中に書くような気持ちで書けばよい」

 

◆本態性振戦は昭和60(1985)頃に、医学界で定義・認知されたもので、現在の医 療技術でも根本的な治療法は見つかっていません。

 


2018年・姫路集談会・85歳・男性